日本の皆様。
 インターネットを通じ再びこうしてお目にかかれることは、私にとって大きな喜びで あるとともに、若干の心の痛みを伴うものでもあります。

 私が日本に滞在した1991年は、思えば古き佳き日本の面影を残す最後の年であったのかも しれません。

 世界は当時、日本の治安状況に対し羨望の眼差しをむけていました。

 世界一安全な国、日本。そのような常套句が流布する中、私のルポタージュ「TRUTH ON TEMPORAL JAPAN」は、日本が遠からぬ将来に直面するであろう様々な危機に対し、 その兆候を先鋭的に暴き出しました。

 その姿勢がペシミスティックに過ぎるとして、各方面から様々な批判を浴びたことも、 今となっては懐かしい思い出です。


私が心を痛めるのは、このルポタージュ「TRUTH ON TEMPORAL JAPAN」において暴き だされた兆候が、1992年の発表当時多くの人々にとって受け入れにくいものであった という事実に対してではありません。そこで語られた内容が、スケールアップした 形で全て現実のものとなってしまった、ここ数年の日本の姿に悲しみを覚えるのです。

銃火器の急速な普及。

狂信的宗教団体による卑劣なテロリズム。

若年層に魔の手を広げる麻薬汚染。


5年前ドートンボリで目の当たりにした悪夢が、今や日本全体を完全に覆いつくしたことに、 怒りにも似た深い悲しみを禁じえないのです。

日本の親友、光デパートから「TRUTH ON TEMPORAL JAPAN」再掲の申し出があったとき、 私は何とも憂鬱な気分にかられました。しかし、彼の口から「虚心坦懐」の言葉が 漏れたとき、私の中の何かがスイッチングされたように感じ、再掲を了解した次第です。

その「何か」とは、卑しさと紙一重のすえたジャーナリズム根性のことかときかれれば、 そのようなものであるとしか答えようがありません。
 そしてそれは、私自身の矜持そのものなのです。



−−−−−−−−−−−−−著者略歴−−−−−−−−−−−−

 HIKARI.DEPARTMENT
 1939年コネチカット州生まれ。日系3世。ハーバート大卒業後ワシントンポスト紙に 在籍、その後フリーのジャーナリストとして独立する。
 1977年、クメール・ルージュ政権下のプノンペンに単独潜入、そのルポタージュ 「ポル・ポトはミッキーマウスに圧力鍋購入を強要される妄想に悩まされていた」 でピュリッツァー賞受賞。
 受賞後も「12インチピザにおけるオリーブとペペロニのほどよい距離感」等の社会問題、 国際問題を精力的に追求。アメリカを代表するジャーナリストとして各方面より賛辞を 得ている。
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