夜の雷雨。黒いレインコートにアタッシュケースを抱え、急な 坂道を登る男。
丘の上の古びた一軒屋。表札も看板もない。
ドアをノックする男。やがて明かりがつき、黒い割烹着を着た 中年女性がドアを開ける。
男は、吸い込まれるように中に入る。ドアがしまる。
「夜分おそく申し訳ありません。私は.....」
黒い割烹着の女は、凍えながら暖炉の前でうずくまり、重たい 口を開いた老人を手で制した。
「こんな時間に来る客はワケありの客と相場が決まっている。 自己紹介はあてにならん。それより、クランケは?」
老人は、アタッシュケースを開くと、一枚の写真を差し出した。 「....これは....」

黒い割烹着の女はその写真・・胎児の超音波イメージ・・を凝視し、しばらくして老人につきかえした。
「これは無頭症とよばれる奇形児だ。ここを見ろ」
老人は写真を見ることなく、じっと女性の目をうかがっている。
「カエルのような頭だろう。大脳が無いんだ。母体のためにも すぐ中絶しろ。ここは分娩施設だ。中絶は請けおっていない」
「いえ....その....生ませていただきたいのです。」
上目使いに見つめる老人の目は、潤んでいた。
「奇跡の産婆と呼ばれる、あなたさまの手で」
そういうと老人は、もう一枚の写真をレインコートから取り出した。

「そういうことか。これが母親か」
黒い割烹着の産婆は、写真を老人に返すとしばし目をつぶった。
「分娩料は50万ドル、キャッシュだ」
「承知しております」
「それと、もうひとつ条件がある。夫も連れてくるんだ」
「な、なんですと」
「ラマーズ法で行く。いやなら、他をあたれ」
老人はうつむき、やがて顔をあげた。
「わかりました。何とかしてみます」



数日後、深夜。
古びた丘の上の一軒屋に、リムジンが5台横づけされる。
黒服の頑強な男たちが、周囲の人の気配をうかがいながらドアを 開ける。
「安心しろ。こんな辺鄙な所、ネズミ一匹来やしない」
黒い割烹着を着た産婆が、ドアに片手をかけて招きいれる。
「こっちだ」
白いシーツをまとった、40センチほどの何かが中に歩み寄る。
後ろには、20センチほどの黒いマントの何かが続く。
「おっと、あんたらはここまで。」
産婆は、SPらしき大男たちを入り口で止めた。
「ここからはあんたらの仕事場じゃない。私の仕事場だ。」
いきりたつSPたち。しかし、背後から現れた黒いレインコート の老人が、彼らを鋭い視線で制した。

それから何時間経っただろうか。ひたすら待ち続ける男達と老人。
老身が懐中時計を取り出したそのとき、闇夜の静寂が叫び声で 破られた。
「ニャニャニャニャーーー!」「ケロケロ...ケロ!」
そして、再び静寂。

月が沈む頃、ドアが開き、産婆が現れた。
「安心しなさい、母子ともに元気ですよ」



2年後。原宿。
表参道のケヤキはイルミネーションに包まれ、街を行き交う 人の多くは、クリスマス気分にうかれている。
そんな中、黒い割烹着を着た中年女性が、人ごみを避けるかの ように道の端を下ってくる。
女は、ある店の前に立ち止まるとふと顔を上げた。
原宿キティランド。
ショーウィンドウには、新製品「ケロッピの娘」がディスプレイ されている。
「ねええ、けろっぴの、こどもにも、おかあさんはいるの」
子供が母親のコートの裾を引っ張り、尋ねる。
「そうねえ、きっと、優しいおかあさんがいるのよ」
母親は微笑んで、子供の手をつかんだ。

そんな親子の姿を見つめていた黒い割烹着の女は、
軽く目を閉じるとそのまま雑踏の中に消えて行った。


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